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シアトル生活はじめました

20年以上すんだ東海岸から西海岸に引っ越してきました。MicrosoftのUniversal Storeで働いてます。

親は子供にPCを与えるべき。しかも出来るだけ早く。だけど良い結果が出るとは限らない

とある著名なブロガーの記事がFBのタイムラインに流れてきた。

www.landerblue.co.jp

 私も常々感じていたこと。数字で示されると説得力がある。以下の点には完全に同意。

まあ、今日いいたいことはひとつ。子供の見識を深めて夢を持たせたり、将来なにをしたいか考えさせるためにも、中学生のうちから(またはもっと前から)自分用のパソコンを持たせるというのは親としてのひとつの手かもしれないって事だ。たくさんネットサーフしていろんなことを調べたりしているうちに、将来なにをしたいかも決まってくるかもしれない。夢を持つかもしれない。 

ここで私が「だから、私は双子の娘にそれぞれ10歳の時にレノボのノートパソコンを買い与えた。やっぱり私は間違っていない。みんなも同じようにすれば~(ドヤ顔)」っと言って終われば、ただの自己満足おやじの自慢に過ぎない。

かわりに、去年自分の双子の娘たちに実際にノートパソコンを買い与え、さらにそのほぼ10カ月後ぐらいに「おさがりのiPhone 5」を渡して、娘たちを観察した結果「パソコンを与える→ 本人たちの将来に役に立つ」という単純な図式ではない、っと痛感するようになったのでそのことについて書きたい。

なぜPC?スマフォやタブじゃだめ?

まずは原則、というか個人の信念という意味で、「なぜそもそもPCを子供に使えるようになってほしいか?(そして使えるようになるために、普段から使ってみてほしいと願うか)」だけどそれはやはり

「生産的な人材になってほしい」

というと思うからです。

PCを使えないと生産性が低い、とは言わないけれど、やはりスマフォやタブレットは「情報や経験の消費」に最適化されたデバイスで、外付けのキーボードやペンタブなどを使わない限りは「なにかを作り出す」作業には向いていません。

将来的には「創造的な仕事(例えば情報処理、問題解決、コンテンツの作成など)」につくことが出来るような道筋はつけてあげたいと思ってます。それが具体的に何の仕事なのか(もしくはそもそも仕事をするのか)は別の問題で、その点については本人に自由に、主体的に決めていってもらいたいものです。

というわけで、「なぜPC?」という点に関しては私にそういう考えです。PCが使えないと生産的な仕事はできない。

PC与えた。で・・何?

さて、PCに限らず、機械やツールなんてものは「無用の長物」になる可能性がかなり高いですわけで、人生の中で便利そうな道具を買ったはいいけど、ほとんど使わずに年月が経ち、結局は捨てたり知り合いに譲ったりした経験はみんなあるはず。

子供にPCを与えたとたん、バンバン使いこなして人生が豊かになった、っといった単純な構図はないと思います。

なぜそう思うかというと・・

まず娘たちに個人用のノートパソコンを渡した当初(9歳)は、ネットに繋がっていてるデバイスはそれしかないので頻繁に使われていました。居間に持ち込んでYouTube見たり、Skypeしたり。検索して写真を見たり(ちなみに、別のブログ記事にありますが、子供が見てはいけないような内容は出ないように出来る限りの対策は取ってあります)

そしてつい数か月まえ(10歳)、お下がりのスマフォを渡しましたが、ほぼ瞬間的にスマフォがメインのデバイスにとって代わりました(スマフォといっても通話はできません。あとFacebookのようなアプリはアメリカの13歳制限にしたがって利用はさせていません)。

与えた最初の一週間は、もうスマフォしかいじっていない。一カ月ぐらい過ぎてようやく熱が冷めたかな。それでも居間にいるときのアクティビティーは、ほぼスマフォ。どちらかというと、みんなが黙ってそれぞれスマフォをしてて、話がある時は話す、といったようなカフェのような雰囲気。

それにしても、スマフォの引力は強烈です。

順番がどちらになるかに関わらず、おそらくは子供がいづれ手にすることになるスマフォはノートパソコンにあまり登場の機会を残すことはないと思います。

ただ、いくつかの状況ではノートパソコンがいまだによく使われているのを見ます。

  • 子供部屋の机でクラフトなどをするときにYouTubeを見ながらやり方などを見ている。
  • やはり子供部屋で友達とSkypeをしているとき(そしてクラフトをしている時と重なる時も多い)。
  • マインクラフトで遊ぶ時。でもこれ以外でPCでゲームで遊ぶ、というのはほぼ無いと言い切れる。今はゲームはスマフォでやる。

上のブログでもあるように、やはりノートパソコンには

  • 画面が大きい(やや遠くからでも情報が認識できる。同時に多くの情報を扱える)
  • キーボード入力が出来る(すばやく多く、入力できる)
  • 手を離した状態で使える(もちろんスマフォもタブレットも、台に置いて使うことは出来るけどノートパソコンの場合、もともと備わっている特徴)
  • マウスやポインティング・デバイスで、より精度の高い操作が出来る。

という点がスマフォやほとんどのタブレットよりも優れているわけで、逆にそれらの特性を活かしたいと思うようなアクティビティーに子供が熱心になっている状況ならばノートパソコンは十分に活用されると思うわけです。

どうやったらノートパソコンが子供のためになるか

答えは模索中です。

ただ私が思うに、上の分析でもあるように、子供自身がどういうアクティビティーに没頭しているか、そしてその際にノートパソコンが提供する機能が活かされるか、っという点が大切だと思うのです。

具体的にどんなアクティビティーかというと、それは子供一人ひとりの個性や特性を反映しているべきで、これこそが親が最も理解してあげられることのひとつだと思うわけです。

私個人のアプローチとしては

  • 子供にノートパソコンを使って仕事をしているのを見せる
  • 子供とノートパソコンを使って画像の処理などを見せる(消しゴムはんこのテンプレのダウンロード、サイズ変更、印刷などを見せる)
  • 子供にノートパソコンでゲームを作ってるところを見せる(これは、今勉強中のConstruct2を使ってもっとより簡単なものを見せてあげようと計画中)
  • 子供にコーディングのクラスなどに参加させる(Microsoft Storeでの無料のクラスはすでに連れて行った。こんどは有料のキャンプに送る予定)
  • 子供とノートパソコン+Google Drive などでオンライン状態で絵を書いたり、名刺のようなものを作ったりする
  • (将来的には)子供とノートパソコンを経由して、旅行の計画を練ったり、宿題をシェアして問題を解決したり、っと考えている。

などなど、まだまだ、工夫すればいくらでもあるはず。そしてここが最も大切な「親が出来ること」だと思うのです。

道具としてノートパソコンを実際に使う価値を生み出しているシーンを生活と、子供たちとの関わりの中で増やし、持続していく。そういう環境の中でこそ、ノートパソコンを使いこなせるような人材に育っていく、っと思うわけです。