シアトル生活はじめました

20年以上すんだ東海岸から西海岸に引っ越してきました。MicrosoftのUniversal Storeで働いてます。

3年前の今日マイクロソフトで面接でした。それは自分の人生の大きな転機

ふと12月4日だと気づく。

3年前のちょうど今日、人生で初めてワシントン州を訪れました。翌日5日のマイクロソフトでの面接を控えてホテルで・・・何やってたかな、たぶんとにかく翌日実力を出せるようにゆっくり休んでいたと思う。

面接準備は1か月ぐらいかけて、出来るだけproblem solving が出来るような意識の状態にコンディショニングしていたと覚えてます。ハサミで切った紙切れでマージソートクイックソートが出来るようにしたり、典型的なインタービュークイズの解法をコードで書いてGitに溜めたり。頭の中で図を書いてそれを動かす練習とか。

でもヤマが当たることはないし、当たったとしても複数の人が面接をするので、実力はあるがままに見透かされてしまいます。だけど、どこから手を付けていいか分からない問題も、落ち着いて考えれば解決の糸口は必ずある!という確信を持てるという意味で準備は大切だと感じました。

さらに重要なのは、問題を解決するという意思とそれをチームメンバーと一緒に協調性を発揮しながら楽しく(?)やることが出来ることをデモンストレートする表現力。ここでいう表現力は一方通行の表現ではなく、主に会話のキャッチボールを使ったコミュニケーションの上に成り立つもの。
他にいつも重要だと思っていることが「自分がそのチームに入ることをエキサイティングに感じているのかどうか」を自問し、自分の正直な気持ちを知る作業。そういう気持ちは本物だとやはり相手にも伝わると思う。でも、事情があって(どうしても仕事を探さないといけない、選んでられないな等の理由で)それほをエキサイトしてないけどそういうフリをせざるを得ない場合もあるでしょう。私も過去に何度かありました。それを隠す隠さないにかかわらず、チームや人や仕事内容に対する自分自身の科学反応を見極めておくのは損ではないと思います。そういう経験データが蓄積して将来のキャリア選択に活かせる場合もあるので。
話が脱線した。面接当日は朝9時にキャンパスに行き、リクルーターと打ち合わせをした後、面接が始まった。リクルーターは「受かること」が共通の望みなので力強い味方。会社の面接の作法やルールを良く知るので疑問があったらなんでも聞いておくべき。
形式は、募集しているチームのメンバー達との個別セッション。全部で6・7人とのセッションがありました。やり方はアメリカでは一般的な「チームメンバーひとりと小さな部屋で小一時間。問題や質問が出され、ホワイトボードを使って解決していく」というもの。このフォーマットは面接慣れはしてる方なので問題はなかったが、質問内容はさすがにマイクロソフト、今までの他の会社に比べて難しかった。具体的には「知識」ではなく「問題解決能力」を試されているなと感じた。
午後の部が始まる前に「もう帰っていいよ」っと言われたらまず間違いなく「落ちた」ってことだよとリクルーターに言われていてドキドキしてたけど、お昼ご飯を一緒に食べることになったのでそこはクリアしたと分ってホッとしたのを覚えている。
面接が進むにつれてだんだんと難しくなる感じがした。どうやらジュニアからシニアからプリンシプルへと「ボスキャラ」に近づいていくRPG風の面接。手応えを感じたり、今のは落としたな~っと感じたりしながらも最後までたどりつけましたが、受ける方は向こう側の評価は見えない状態なのでとにかく失敗したと思ってもどうすることもできないのでその都度全力を尽くすことに集中します。
最も印象に残ったのは最後の人の番で、Reader Writer Lockの実装をしてと言われて、ほとんど分からなくて、じゃぁ一緒にやろうといわれて少しづつ問題点を改善しながら最終的には完成したこと。Reader Writer Lock を実装したことがなく知識がなかったと言ったら、それは問題じゃないこうやって一緒にできたじゃないか、っと言われて救われた気になったのを覚えている。後で分かったけどSkype for Business全体を束ねるトップの人でした。
(ちなみに今年の初めに社内で別のチームに移動するのに面接をしてもらったときもラスボスは2000億円ぐらいのレベニューを出す部署のボスで「とあるアパートとその規模とレイアウト、そしてそこに設置すべきエレベーターの数はいくつ?」という感じの質問でした。これも結構グダグダで失敗したと思ったけど、終わってすぐに近くのベンチに座って納得がいく答えを出して「さっきはあまりうまく行かなかったけど、落ち着いて考え直した私の解法はこうです」という感じで当人充てにメールを出した。読んでもらったのか、結果に影響を与えたのかわからないけど、パスしたので悪い影響は与えなかったのだろうと推測)
話をもどして、3年前のは別のチームも興味を示してくれていたらしく、そのチームのリーダーが確認のために急きょ面接。Hashテーブルの実装の話をしました(その人は.NETが出たときのBCLの実装にかかわったんだということでした)
そんなこんなで終わったのは5時過ぎ。12月のワシントン州は4時過ぎには日没なので、外は真っ暗。ずっといろんな問題を突き付けられ、立ち回りながらの半日なのでヘトヘトで、とりあえず駐車場で一休みしているとリクルーターから電話。
「いいニュースだよ。面接は合格。あと、二つのチームから二つのポジションにオファーがあるよ」
と言われた。やったーっという思いよりも、あ~やっと転職先探しが終わった~っという思いが強かった。とりあえずアメリカ大陸の反対側にいる妻に結果報告。
ホテルに帰って寝て、次の日の朝にニューハンプシャー州に向けて出発。結局おひさまが出ている間にみたワシントン州はほんの1時間程度でした。
帰ってきてからはやることが山のようにありました。
その時以降の詳しい内容はジャングルシティさんのところに記事として投稿させていただきました。
これがほんの3年前だったんだな、っと思うと不思議です。今はすっかりシアトルとその周りの文化や生活に慣れてしまいました。
人生の中には大きな転機があるといいます。私にとってはこの面接に受かったことは、妻と結婚したことやアメリカに留学したことと同じぐらいに大きな人生の転機になったとつくづく思うのでした。