シアトル生活はじめました

20年以上すんだ東海岸から西海岸に引っ越してきました。MicrosoftのUniversal Storeで働いてます。

20歳の自分に伝えたい「成長型マインドセット」のパワー

成長型マインドセットという「考え方」があります。Microsoft で学んだ事の中で最も重要なことのひとつで、もしタイムマシンがあるなら過去に戻って20歳ぐらいの自分に会って、教えてあげたいです。

私は米国Microsoft本社に2014年から中途採用で勤め始めましたが、偶然にも出社1日目がサティア・ナデラ氏がCEOに就任した日と同じでした。その日、数ヶ月前に面接で訪れたことのあるBuilding 6に入ると、なぜか人の気配が少なく感じました。一緒に働くことになるチームが居るエリアに行ってもほとんど人がいない。なぜかというと、ほとんどの人が会議室などで、ナデラ氏の就任挨拶の中継をテレビで見ていたからです。

その日からMicrosoftで働くことになり今日まで、ナデラ氏が推し進めた事業と企業文化の改革を、1から体験することが出来たのは幸運だったと感じます。

サティア氏のMicrosoft改革に関しては、この記事でよくまとめられていると思いますので参考にしてください。

president.jp

このブログでは、上の記事でも解説されている「固定マインドセット(硬直型マインドセット)」そして、それに代わって強く推奨されている「成長型マインドセット」について、Microsoftのひとりの従業員の目線で紹介したいと思います。

成長型マインドセットの基礎

成長型マインドセットは「人は成長することが出来る」という信念を基礎にしています。この場合の「人」は老若男女問わず、全ての人を含みます。そして「人の潜在能力=ポテンシャル」は生まれた時にすでに決定されているのではなく、いくらでも育てることが出来る、という考えに基づいています。さらに、人は「マインドセット(考え方)」をいくらでも変えることが出来るという信念にも根ざしています。

実は、上に書いた段落はMicrosoft本社で行われる従業員を評価する仕組み、Connectと呼ばれているプロセスのホームページの最上段に書いてあることを、いくらか言い換えて書きました。全ての従業員はConnectを通して年に数回、自分とマネージャーと、そしてチームの同僚と自分の成長について振り返ります。セッションの度に「人は成長し続けることが出来る」というメッセージを受けとるわけです。これが企業文化の改革を推し進めていった最大要因だったことは間違いないでしょう。

さらに、Microsoftでの社内トレーニングではストーリー仕立ての物語を動画で観るエクササイズがあり、そこでも「Growth mindset」が取り上げられます。主人公は様々な失敗を繰り返し、そこから学び、成長していく姿が描かれます。そうやって成長型マインドセットについて学んでいきます。

レーニングは従業員全体に対して行われ、マネージャーとリーダー、そしてシニアリーダーにもMicrosoftの企業文化の基礎として浸透していった、そのように観察できます。

Nueroplasticity 神経可塑性

この成長型マインドセットは「人は成長することが出来る」という信念に基づいていると書きましたが、科学的な根拠があります。脳内の神経ネットワークは常に成長と再編成を行うことが出来るという研究結果があるのです。

この事実が示すことはつまり、人は生まれた時点で能力のポテンシャルが決定されるというわけではなく、成人して身体的な成長を終えてもなお、さらに学ぶことでそれ以外およびそれ以上の能力を得ることが出来る可能性があるということなのです。もちろん、ひとそれぞれ個性は異なるでしょうし、生まれ育ってきた環境も違ったでしょうか。もしかしたら学びと成長の機会を逸してしまったと感じているかもしれません。それでも、今からでも成長できる可能性があると信じて行動する方が、自分の限界はここまでだとあきらめてしまうより前向きであるし、実際に問題を乗り越えることが出来る可能性があります。

成長型マインドセットを広めたキャロル・ドウェック博士のTEDプレゼンテーションを見るのが一番だと思うのでリンクを張っておきます。

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それから、イラストを用いて成長型マインドセットと硬直型マインドセットを分かりやすく解説した動画もあります。

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「失敗してもいい」という考え方

成長型マインドセットの重要な要素のひとつに「失敗を否定的に捉えない」というものがあります。日本にも「失敗は成功のもと」という表現がありますが、成長型マインドセットではそもそも「失敗」にネガティブなニュアンスはなく「成長の過程で現れるひとつの状態」といった解釈をします。「Failure (失敗)」という言葉ではなく「Not yet (まだ途中)」と捉えるのです。

この考え方はとてもパワフルです。前述したMicrosoftでの従業員評価プロセスでも、上司とともに今期の自分の働き具合を評価する時「失敗」というものはないとう前提で話をします。自分の関わった事を客観的に評価し、良かった点と改善できる点に整理し、この後どのようなアクションを取ることで次回につなげていくかを話し合います。

自分も以前は「失敗=評価を落とすもの」という硬直的なフォーミュラで考えていました。その頃は「失敗」というラベルを張った出来事は、出来れば話したくない、周りから隠したい、表に出たとしても過小評価したい、出来るだけ注目されずに済ませたい、そのように捉えていました。ごく自然な反応だったと思います。しかし、そのように扱ってしまうと「失敗から学ぶ機会」を失ってしまいます。そのままだと、同じことを将来繰り返してしまう可能性があるのです。

では逆に、そのような出来事を「Not yet (まだ成長の途中の出来事)」として考えることが出来れば、マネージャーとの会話は前向きで建設的なものになります。実際、私も多くの「失敗」と取れるような出来事がいくつもありました。担当したタスクの完了が大幅に遅れた、開発したプログラムに重大なバグが発生した、同僚と気まずい雰囲気になって効果的なチームワークを実践できなかった、などなど。中には「クビになる寸前の出来事」もありました(汗)。そのような出来事が起こったとき、成長型マインドセットでのアプローチは「さらなる成長の機会」として認識されます。

究極的には「失敗」などない、そこには「成長への過程でおこる様々な学び」がある。そのように考えます。

「完全・完璧でなくても良い」という考え方

完全・完璧でなくてもよい、という考え方は「失敗してもいい、いやそもそも失敗など存在せず、あるのは成長の過程のみ」という考え方の、同じコインの裏側と考えると理解しやすいでしょう。成長型マインドセットを持つ人は、まず行動し、とりあえず試してみることを躊躇しません。理想の状態に行くまでには必ず多くのフィードバックが必要になります。例えば工業デザインなどでは、最良のデザインに辿りつくまでに何度も試作を作り、それを評価してフィードバックを得て、次の試作に反映させると聞きます。そのような繰り返しの結果、満足のいくデザインにたどり着きますが、これは人の成長にも当てはまると考えられます。

子供は成長しているという前提があるので、失敗しても良いと捉えることが出来ます(残念ながらそのように捉えることが出来ない硬直的マインドセットの親や教師もいますが・・・)。成長型マインドセットでは、これは子供に限定されず、成長しきったとされる大人にも適用されると考えます。

成長型マインドセットが有効に活用できるようになるには、環境が成長型マインドセットをその指針にしなくてはなりません。それは職場であり、教室であり、家庭であり、そのほかありとあらゆる「人で構成される組織」に当てはまります。

現在、Microsoftで働く時、失敗を恐れるなくても良いのです。完全で完璧なものを作る必要もないのです。それよりも、オープンに今の状態を評価し、どのようにすればより改善できるかを省察し、それを次回に役立てるべく行動する。そうのような雰囲気の中で働くことが出来る文化になっています。結果、その組織のポテンシャルを最大限に引き出し、同時に顧客にとっての価値を最大化できるような環境で働くことができるようになっているのです。

「批判を恐れなくてよい」と思うようになる

批判されるというのは気分の良いものではありません。特に自分が失敗したと感じていることに対して批判されると、それは自分でも分かっているよ、という気持ちになります。批判されると自分の防御システムが稼働して「聞く耳を持たない状態」もしくは「何も聞きたくない状態」になってしまうこともあります。批判の中に具体的な改善するための洞察が含まれているとしても、それを受け止めることを拒絶するかもしれません。これは、ごく自然な反応ですが、自分の成長にあまり役に立たないことも事実です。

成長型マインドセットを持つと、自分も含む「人」は成長できるということを理解して他人と接するので、批判をネガティブに受け止めないようになります。成長型マインドセットを持っている人はそもそも、自分の意見がそのようにネガティブに取られないような態度で伝えるでしょう。うまくいかなかったことについて話し合い、なぜそうなったか分析し、どうすればそうならないようになるか意見を出し合うことが出来ます。その中から効果のありそうな方法を探し出し、次回にそれを試すための具体的な作戦を立てることが出来ます。成長型マインドセットは「組織」のレベルで採用してこそ、その威力を発揮すると言えます。

「自分とは違うアイデア」にオープンになれる

自分が成長できると信じた時、それは同時に「自分は変われる」と信じることでもあります。それはつまり自分が今信じていることとは別のアイデアを受け入れることが出来ることでもあるわけです。

例えばすでに出来上がった自分なりのやり方があったとします。でも同僚が、全く異なる方法を勧めてきたとします。その時、自分がどのように反応するかで自分がさらに成長できる機会を得れるかどうかが決まります。自分と異なるやり方は、暗に自分のやり方への批判と受け取ってしまうかもしれません。その別のやり方は「上手くいくわけない」と決めつけてしまうかもしれません。

ですが、成長型マインドセットを持っていれば、それは「自分が少しでも良くなる機会」かもしれないと前向きに受け止めることが出来ます。そして、実際に試してみたらもっとうまくいくかもしれません。そうしたら、自然にそのアイデアをくれた人に感謝するようになるでしょう。結果、その人は将来に別の機会でもよいアイデアをくれるようになるかもしれません。

「お互いに成長していこう」という考え方

Microsoftの従業員評価プロセスでは、評価の基準として「自分の成長」に加え「同僚との関わり」に関して評価されます。簡単に言うと「同僚を助けたか」という点とさらに「同僚に助けを求めたか」という2点についても、話し合います。

これらの評価基準は、以前の体質だったころのMicrosoftの社内文化を知っている人には驚きだと聞きます。サティアがCEOになる前までは、従業員の間には競争原理が支配的だったと聞きました。評価においても、自分がどれぐらい他と比べて優れた成果を残したかをアピールするような雰囲気だったと聞きます。同時に、相対的に自分以外の人間が劣っているというアピールもすることがあったと聞きます。全体としてギスギスとした文化だったと聞き及びます。

ところが、企業文化が成長型マインドセットをその価値の中心に置くと、従業員どうしの協力が自然に生まれるようです。成長のための近道のひとつは「知っている人、詳しい人、経験者」からやり方を学ぶことです。仮に自分がある領域で詳しい人(Subject matter expert 内容領域専門化)であれば、それを必要とする同僚を助けることが出来、その同僚は効率的に成長できます。逆に、自分が現在苦戦している問題を「解決する方法を知っている人」がいたとすれば、その人に助けを求め(英語で reach out という表現をよく使います)、やり方を教わり、実行します。そうすることで、その人の価値も高めることが出来、自分のチャレンジしていることが前進し、企業価値もほんの少しかもしれませんが、高まるかもしれません。 

「努力を継続すればいつかはゴールにたどり着ける」という考え方

失敗を繰り返しても、その度にフィードバックを得て、次の挑戦に活かし、それを繰り返すことでいつかは目的を達成する。そのような信念をもって、物事に取り組むことが出来れば、毎日が充実したものになるでしょう。

エンジニアリングに限らず、あらゆる仕事で「達成できるのかどうか自分でも分からないぐらい不安を感じるゴール」があります。簡単ではないし、やることは山ほどある。あきらめた方が、辞めると決めた方が、それか他の人に任せた方が、ずっと楽だと思えるようなこと。

そのような大きなチャレンジがあったとしても、毎日・毎回、少しずつでも改善していけば、1ミリずつでもゴールに近づいて行っているのが実感できるなら、努力が出来ます。努力が楽しくさえ感じるかもしれません。

成長型マインドセットを持つと、達成が難しいゴール(チャレンジ)が「自分の成長の機会」と見えてきます。どこかで読んだ言葉が残っています。「もしあなたが最近なにかに失敗したのなら、それはあなたは何か難しいことに挑戦した証拠だ」。

失敗が続いているとしたら、それは「努力を継続している証拠」なのかもしれません。

Learn-it-all does better than know-it-all 「全てを知る人よりも、全てを学べる人の方が良い結果を出せる」

サティアがウォールストリートジャーナルでのインタビューで「全てを知ろうとする人」と「全てを学ぼうとする人」について話しています。この対比は「知っている」とう状態よりも、「学ぶことが出来る」というよりダイナミックな心構えの方が力があることを示しています。

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有能な人ほど謙虚に「私はそれは知りません、教えてください」と言います。私も過去に尊敬するレベルの技術的な知識や経験を積んでいる人が、たまたま自分の方が詳しいトピックについて話す時、そのように言う人がいて驚きました。年齢で言うと私より20歳以上の人でした。ですが、同時になぜその人がそういうレベルに到達したか納得がいったのを覚えています。

硬直型マインドセットを持っている人は、自分は全てを知っていると信じて、それ以上のインプットを自ら遮断します。ですが全てを知るなんて到底不可能です。もちろん、全てを学ぶことも不可能ですが、すくなくとも学ぶ姿勢があれば少しでも成長できます。

「才能を褒めないで、努力を褒める」ようになる

才能を褒める時、それは硬直型マインドセットを助長するリスクがあります。硬直型マインドセットでは生まれ持った才能がほとんど全てを決定すると考えます。才能を持って生まれたらなら、その後の努力にかかわらずその能力があり続けると信じるようになるかもしれません。逆に才能がないと断言された人は、自分はそれ以上の高い能力を得ることは出来ないとあきらめてしまうかもしれません。ガチャが失敗したと思うわけです。

才能を褒められた人は、その状態を守るために、失敗を避けようとするかもしれません。失敗しないためには、出来るだけ簡単なことを選んでやる方がよいのですから。努力を褒められた人は、失敗は努力の証でもあるので、リスクを取ってでもチャレンジを続けようとするでしょう。

硬直型マインドセットを持っている人は「失くすことの心配」ばかりして毎日を不安に過ごしていくでしょうが、成長型マインドセットを持っている人は「得ることの期待」ばかりをして毎日を楽しく過ごすことができます。

「知っている人材」ではなく「学べる人材」が求められている

少なくとも自分が見聞きする範囲で、IT企業の採用においては「学べるポテンシャル」が採用基準の大きな柱の1つになってきたことは疑いようがありません。学歴などは一応の参考程度でチラっと見る程度です。それよりも、経験や、その経験の延長線上に見えるポテンシャルを読もうとします。

言うまでもなく「知識」という人間の能力は「検索エンジン」に置き換えられてしまいました。そのような状況で「知識に偏重した人材」の価値は相対的に落ちています。ITの世界で働くことで対価を得ている私のようなソフトウェアエンジニアは、何を売っているかというと「学ぶ能力」を売っているのです。簡単に言うと「学び屋」なのです。

もちろん基礎としての知識は必要です。それなくしては体系的な知識と経験を得ることも、持ち続けることも出来ません。ですが、それ以外の部分では、常に変わりゆく技術を多くの場合は追いかけ、人によっては切り開き、最先端の近くで活動します。私個人の感覚としては、自分のここ数カ月で毎日活用している知識の半分以上はここ数年で得た内容です。それ以外に、これまでの経験の蓄積から得られる基礎能力や洞察力などがあります。ですが、具体的なノウハウに関しては直近数年という感じです。逆に言うと、今現在何か新しいことを学んでいないのであれば、数年後には自分の市場価値は半減するぐらいに思っておかなくてはなりません。

ダイバーシティインクルージョン」の力を感じるようになる

人々の多様性と、人々を残らず含めようとする考え方は成長型マインドセットとの相性がとても良いです。成長型マインドセットを組織のレベルで実践する時、様々なバックグラウンドを持つ人々と共に学び成長する機会が増えます。異なるアイデアに対して好奇心を持ち、自分の既存のアイデアと異なっているとしてもオープンに受け止めることが出来ます。

生まれ持った特徴や才能より、今現在の態度や努力がより価値あるものとして認められます。困難を克服しようとする態度は、成長型マインドセットを持って失敗を恐れずにチャレンジし続けることに通じるものがあります。

硬直型マインドセットが支配的な組織では、出来ないということ(失敗)はなるべく表に出さないようにしなくてはなりません。失敗しないようにするには組織は出来るだけ変化せず、現状維持が重要になります。そういう組織に、その組織の平均から外れた特徴を持つ人が入ることは歓迎されないことが多いと想像できます。

自分が関わるあらゆる組織に適応できる

私が20歳の自分に会えるなら、自分の所属する組織、それが友達との仲良しグループであろうと、バイト仲間であろうと、職場のチームだろうと、趣味のサークルであろうと、彼女・彼氏や夫婦であろうと、組織のレベルで成長型マインドセットを、自ら実践することで広めていくべきだ、と伝えるでしょう。

シアトル近郊の公立学校、例えば私の娘たちが通う高校でも成長型マインドセットという言葉は何度も目にしますし、一般化されてきています。私の妻が土曜日に小学生を教えている学校にも、壁に成長型マインドセットと、子供たちにも分かりやすい表現で書いた具体的な考え方とアクションについての標語がいくつも壁にはってあります。

私は家族という自分にとって優先順位が最も高い組織でも、成長型マインドセットを活用しています。具体的には「家族会議」というフォーマットで持って、全員が納得いくまで自分の意見を主張でき、失敗(と伝統的にラベル付けされる)した出来事を省察し、なぜ上手くいかなかったか、どのようにすれば次回うまくいくか、などを家族全員で話し合い、具体的な戦略や作戦を立てて、家族会議を終了するようにしています。(その際、意見は出し尽くしているので、あとから蒸し返したり、言い損ねたことを後日言うとうのは反則扱いになりますし、そうなることはありません)。

まとめ

成長型マインドセットという考え方に触れるようになって6,7年ほど経ちました。Microsoftという、IT業界ではいわゆる「老舗」と呼べるような企業が、その企業文化を改革し、人に本当の意味で役に立つような製品やサービスを提供できるようになったのは現CEOのサティア・ナデラ氏の功績です。サティアがCEOである時期に、彼の推し進めている成長型マインドセットを教えてもらったことは本当に幸運だったと感じます。この考え方がより広く採用されることで、自分にもまだまだ成長していくことが出来るという希望を感じることが出来る人が増えるといいなと思います。